公開日: 2026年10月25日
国境を越えた子の返還について、裁判所の決定が出た。それでも返還が実現しない。調べると「人身保護」という別の手続が出てくるものの、返還を命じる手続と何が違うのか、戸惑うかもしれません。
2018年3月15日の最高裁判決は、外国への返還を命じる決定がすでに確定していた事件で、人身保護による救済をどう考えるかを扱いました。ここでは、返還を初めて認めるかではなく、返還決定が確定した後の、別の手続で何を審査したかを読みます。
最高裁は、子の監護が法律上の「拘束」に当たるかと、その違法性が顕著かを検討し、原判決を破棄して差し戻しました。最高裁の判決によって、その場で現実の返還まで完了した事件として紹介することはできません。
返還を命じる決定は、先に確定していた
この事件では、子が国境を越えて日本へ連れて来られた後、ハーグ条約実施法に基づき、元の常居所地国、つまり、それまで日常生活の拠点としていた国への返還が申し立てられました。家庭裁判所は返還を命じ、その決定は確定しました。
その後、返還決定に基づく執行が行われましたが、子の監護を解くことができず、終了しています。そこで、人身保護法に基づいて子の釈放を求めたのが、今回の事件です。
「返還決定がある」「確定している」「執行を行った」「返還が実現した」は、別の段階です。この判決では、前提となる返還事件の経過が記されていますが、この記事でその返還事件の裁判書を別に確認したわけではありません。
また、ハーグ条約に基づく返還は、どちらの親が最終的に親権や監護権を持つかを、その手続で決めることとは異なります。現在の制度についても、東京家庭裁判所のQ&Aは、返還と親権・監護権の判断を分けて説明しています。
「意思能力がある」と「自由意思で決めた」は同じではない
原審は、子が日本での生活を希望する意思を、自由に表明していると考えました。そのため監護は「拘束」に当たらず、仮に拘束でも違法性は顕著でないと判断し、人身保護請求を棄却しました。
最高裁は、この判断を是認しませんでした。
最高裁は、意思能力がある子でも、自由意思に基づいて監護者の下にとどまっているとはいえない特段の事情があれば、その監護は人身保護法と同規則の「拘束」に当たると説明しました。意思能力とは、自分の行為や選択の意味を理解し、判断できる力に関わる言葉ですが、その力があることだけで、選択が自由になされたと決まるわけではありません。
国境を越えた事件で、どちらの国を生活の拠点にするかは、子にとって重大で難しい判断です。最高裁は、意思決定に必要な多面的・客観的な情報を十分に得ているか、連れ去った親から不当な心理的影響を受けていないかなどを、慎重に検討すべきだとしました。
その上で、本件の経過や情報を得られる状況などを踏まえ、子が自由意思に基づいて監護者の下にとどまっているとはいえない特段の事情があり、法律上の拘束に当たると判断しています。人身保護請求が、子の自由に表示した意思に反してされたとも認めませんでした。
これは、子の言葉を大人が自由に疑ってよいという判断ではありません。記事を読んだ親が、子の発言の真偽や心理的影響を自分で判定するための基準にもしていません。
確定した返還決定に従わないことと、残された例外
次に最高裁は、拘束の違法性が顕著かを判断しました。ここには、すでに返還決定が確定していたという前提があります。
国境を越えて日本に連れ去られた子について、常居所地国への返還を命じる終局決定が確定したのに、それに従わないまま監護して拘束している場合には、監護を解くことが著しく不当と認められるような特段の事情がない限り、顕著な違法性があるとしました。
この例外を省いて、「返還決定に従わなければ、どんな状況でも同じ結果」とは説明できません。一方、本件では、監護を解くことが著しく不当だとうかがわせる事情は認められないとし、顕著な違法性を認めました。
この判断を、まだ返還決定が出ていない事件や、国内だけで子の監護が争われているすべての事件へ、そのまま広げることもできません。
認容すべきとの評価と、差戻しの主文を分ける
最高裁は、記された事実関係を前提とする限り、人身保護請求は認めるべきだと述べています。ただし、子の法廷への出頭を確保する必要があることなどを考慮し、改めて審理判断させるため、名古屋高等裁判所へ差し戻しました。
裁判所の理由に「認めるべき」と書かれていることと、主文が最終的な釈放や返還を命じたことを、混ぜないようにしたいところです。この判決の主文は、原判決の破棄と差戻しです。差戻し後の最終的な結論や、実際の返還は、今回の資料では確認していません。
現在の手続は、2018年の執行経過をまねて進めない
この判決が引用する人身保護法2条と人身保護規則4・5条は、人身保護の救済の条件に関わるものです。返還を命じる決定やその執行とは別の審査であり、「戻ってこないなら、誰でも次は人身保護を申し立てればよい」と案内することはできません。人身保護法/裁判所掲載の人身保護規則(PDF)
2026年10月21日に確認した同規則4条には、違法性が顕著であることに加え、ほかに救済の目的を達する適当な方法がある場合の制約もあります。その方法では相当の期間内に救済を達成できないことが明白でなければ、人身保護の請求はできないとされています。5条は、本人が自由に表示した意思に反する請求を認めていません。個別の事件でこれらの条件を満たすかは、専門家による確認が必要です。
ハーグ条約実施法に基づく返還の執行制度には、この判決の後にも改正があります。2020年4月1日施行の改正では、間接強制を実施しても返還の見込みがあるとは認められない場合や、子の急迫の危険を防止する必要がある場合など、法定の条件の下で、間接強制を経ずに代替執行を申し立てられる場合が設けられました。ただし、施行前に申し立てられた返還の強制執行事件には、従前の規律を残す経過措置があります。ハーグ条約実施法136条・令和元年法律2号附則8条
現在の東京家庭裁判所のQ&Aでは、任意に返還されない場合の間接強制と、所定の条件の下で裁判所が指定した者によって返還を実現する強制執行を案内しています。子に対する威力の行使は許されず、子の心身への影響にも配慮する法の規律があります。2018年の裁判書に書かれた個別の執行経過を、今の実行手順として再現しないでください。ハーグ条約実施法140条
また、外務省による援助と、裁判所による返還の決定も別です。外務省のQ&Aは、援助するとの決定が、返還や交流そのものを決定したという意味ではないと説明しています。
自分で連れ戻す前に、すでにある決定を相談先へ
編集部が勧めたいのは、親子の主張を直接ぶつけ合うより先に、今ある決定と手続の段階を専門家へ示すことです。国境を越える移動を、自分の判断で進めないでください。
返還に関する決定書、確定についての書類、執行に関する通知、すでに受けている援助の案内があれば、安全に手元で確認できる範囲でまとめます。子の生活について心配なことも、裁判所が判断したことと、自分が今相談したいことに分けて伝えてください。子の意見を引き出すために問い詰めることや、居場所を探して自力で奪還することを勧める記事ではありません。
現在の公的な案内先は外務省のハーグ条約案内です。返還・交流の援助や相談、弁護士に関する情報を確認できます。
日々の子どもの暮らしの整理は子どもの暮らしと将来の案内も参照できます。この記事は、国や事情ごとの返還の見込みを判断するものではありません。
判例の出典
- 2018年3月15日・最高裁判所第一小法廷判決:裁判所の判例詳細/公式裁判書PDF。主文は1頁、返還決定などの経過は1〜2頁、原審の判断は3〜4頁、自由意思の審査は4〜5頁、顕著な違法性・例外と差戻しは5〜6頁。
判例紹介・制度案内の確認日:2026年10月21日。子の個別の発言や生活史を再掲せず、判決が判断した条件と手続の範囲を紹介しています。
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